2017-08

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チョコラテは置いていってください。

各地のデパートで開催されてきたチョコレートフェアも、バレンタインデーの今日でおしまい。

見回っていて面白かったのが、『インペリアル』という、カカオ・エ・ショコラのコフレ。
アステカ?マヤ?の象形文字が書いてあって、中にはカイエンペッパーとかジンジャーとか、主に南米系のスパイス等が入ってるんです。
買いませんでしたけどね。
(この店では、ブルターニュ産海塩入り板チョコを買いましたっ)

あと、ピエール・エルメのマスクチョコ!仮面好きにはたまんないでしょう?
パリの美術館所蔵のアフリカやオセアニアの仮面を型取りしたんだそうです。材料も仮面それぞれの産地にこだわったとか・・・。
買いませんでしたけどね。

ネタに走ってる余裕ないんすよ!
自分が食べたいチョコで精一杯です!

他にも世界のカカオ産地の味比べができるセットとか、貝の形のとか、何故か太い鎖の形したチョコとか、DOLをやってる人にあげると別の意味で喜んでもらえる商品が沢山ありました。

プレゼント企画とかすればよかった!と、今更思ってます。



以下自分メモ。 DOLのバレンタインイベントでもらえるショコラトルは、南米のカカワトルが起源の「飲み物」。

カカオをすりつぶし粉にし、それを冷たい水に溶いて泡立てて飲んでいたのです。粉っぽいので、飲みやすいようにトウモロコシのでんぷんを入れてトロミをつけたりの工夫もしていました。
今でいうところの滋養強壮剤みたいなもの。体によさそうな?香辛料を入れてて不味いところも似てます・・・
同じ時代にイスラム世界から伝わったコーヒーも、同じようなものですね。苦くてすっぱくって、粉っぽくって。

カカオの学名の属名「テオブロマ」は、ギリシャ語の「神」「食物」の合成語。1753年に付けられました。

ちなみに、ヨーロッパの古いチョコレートショップのルーツを辿ると薬屋さんだったり。ノイハウスなんかがそうです。元々カカオは薬剤師さんが扱うものでした。

そんな「良薬口に苦し」なカカワトルに、不健康な程の砂糖をぶっこんだのは、ヨーロッパにカカオを持ち帰った甘党のスペイン人たち。1500年代初めのことです。
遠い土地から持ち帰った貴重なスパイスを入れてみたり・・・南米でも王様のための飲み物でしたし、またスペインでもそういうものだとされていたので、ショコラトルはずっと諸外国には秘密だったとか。

しかし国の衰退によって各地に人が流出すると共に、その存在はヨーロッパ各地に知れ渡りました。100年もの間スペインでひそかに飲まれていたショコラトルは、王女が嫁いだお隣のフランス、また国力を付けていったイタリア、フランドル地方・・・オランダ、イギリス等へ伝わり大きく進化することになります。

・・・スペインって、お菓子もそうなんですけれど「昔のまま」が多いんです。洋菓子の起源もスペインにありって言ってもいいくらいなのに、発展し洗練されたのは外国で。
伝統を守ることは素晴らしいんですが、よりショコラトルを美味しく飲みやすく作りやすくしようと1世紀も努力しなかったことには驚きます。・・・あ、ショコラトル専用「泡立て機」は開発したんだった。

ヨーロッパ各地、そして入植の始まった北アメリカで、みんながカカオに夢中になりました。

まだまだ特権階級の飲み物だったチョコレートは、
1657年、イギリス・ロンドンでチョコレートハウスが誕生したことにより、少しずつ社会へ知られるようになっていきます。同時期にイギリスに上陸したコーヒーはコーヒーハウス(1650年)、お茶はティーハウス(1630年代)。ちなみにチョコレートハウスが一番高級だったそう。
また同年、「チョコレートとよばれる西インド諸島の飲み薬を売っている」と世界始めてのチョコレート広告が。やっぱりお薬だったんですね。

1671年、ベルギーのプラスリン公爵のお抱え料理人が、失敗から「プラリネ」を誕生させました。(のちにノイハウス3代目がプラリネ入りチョコレートを開発します。)

1689年にジャマイカから初めてカカオ豆をイギリスへ持ち込んだスローン卿が「健康によさそう」と、ミルクにチョコレートを入れて飲むことを考案。

18世紀後半、それまで手作業で重労働だったチョコレートの世界にも、産業革命が始まりました。それによって、特権階級のものだったカカオ文化がさらに開放されていきます。

1712年、ボストンの薬屋がヨーロッパから輸入したチョコレートを売り始めます。

1765年、アメリカ植民者が、水力を利用したチョコレート工場を建設しました。

1786年、ウィーンで王族のための菓子職人の一人が王宮劇場横に店を構えます。デメル誕生。

1797年には既に日本にも「しょくらあと・しょくらとを」として伝わっていたようです。お湯で溶き、卵と砂糖を入れて泡立てて飲むんだそうで、やっぱり「お薬」でした。

1802年、1700年ヴェルサイユ宮殿で、ルイ14世のパン職人として仕えていたシャルル・ダロワイヨの祖先が「ダロワイヨ」創業。

1815年、オランダの科学者であったヴァン・ホーテンは、カカオを粉末とバターに分離することに成功し、その後大量生産を可能にする技術を開発しました。(VAN HOUTENはココアパウダーで有名ですね)

(1817年、イタリアのミラノ座横に、ナポレオン軍の一兵士だった男がお菓子屋としてコヴァを開店。)

1819年にイギリスのアレキサンダー・カイラー社がカカオ工場を機械化しました。
同年、122年前にベルギーからチョコレートが伝わったスイスでも、スカラー社が工場を設立。

1847年、ココアに砂糖とココアバターを加えて成型する方法がイギリスのJ.S.フライ&サンズ社で発明され、2年後の
1849年、「おいしい食べるチョコレート」として、現代の板チョコのようなものが発売されますが、ざらついていてまだまだ美味しいとは言えませんでした。

1857年ベルギーのブリュッセルでノイハウスが、お菓子も売る薬屋として誕生します。

1870年、岩倉具視、大久保利通、津田梅子(のち津田塾創始者)ら使節団が、フランスでチョコレート工場を見学、またリヨンで試食したことも記録として残っています。

1876年スイス人のダニエル・ピーターは、薬剤師のヘンリ・ネスレと協同で、練乳を使ったミルクチョコレートを発明。さらに美味しい板チョコが誕生しました。
ちなみにヘンリ・ネスレは世界的な食品会社であるネスレの創始者。母乳を飲めない新生児のために、1867年に乳児用乳製品を開発していました。ネスレのロゴマークになっている巣の中の親子鳥は彼が考案したものです。

1878年、日本・両国の「風月堂」が、日本初の「猪口齢糖」を製造・販売しました。

1879年、スイスのチョコレート職人ルドルフ・リンツ(リンツ・チョコレートのリンツ。)は「コンチェ」という、チョコレート精練装置を開発します。さらに滑らかで美味しくなったチョコレート。
南米からスペインへ、ドイツへ、ベルギーへ、そして「チョコレートはスイス」時代に突入します。





1958年、メリーチョコレートが新宿伊勢丹で「バレンタインセール」と手書きの看板を出します。3日間で売れたのは30円の板チョコ5枚と4円のカード5枚だけ、170円の売り上げでしたとさ。
今年で丁度50年だったわけ。このシーズンのチョコレートの売り上げは1年の2割を占めるとかいわれてるから、すごい浸透ぶりですよね。


こうしてみると、プラリネ入りのチョコはベルギー辺りが多いし(そして他の地域に比べて甘ったるい)、スイスはミルクチョコレートが美味しいし、ドイツやウィーン辺りはそのどっちもかな。ふんふん。フランスは伝統的なものか、逆に斬新な素材と合わせたチョコが多いし、イタリアはシガーやコーヒー、ワインに合わせる感じのチョコが多い気がする。ふんふん。

● COMMENT ●

どちらかナ?(@_@)


検索でこちらのブログへ来ました。


“1878年、日本・両国の「風月堂」が、日本初の「猪口齢糖」を製造・販売しました。”
とありますが、検索前に見ていた3択式のクイズ※の正解には、
“正解は、Bの「貯古齢糖」でした。
米津風月堂が明治11年12月24日の「かなよみ新聞」で「貯古齢糖・洋酒入ボンボン」という見出しでクリスマス用菓子の広告として掲載されました。”
とあります。
明治11年は1878年なら食い違っているようですが。


※3択とは、A. 猪口齢糖 B. 貯古齢糖
C. 儲粉冷凍




いずれにしても、言葉の由来、面白いですね。

両国の風月堂=米津風月堂です。

初めて新聞に広告を出した明治11年暮れは「貯古齢糖」でしたが、
翌年すぐの別の新聞には「猪口齢糖」、その他「千代古齢糖」など、当て字でしたので漢字は色々あったみたいですよ。
私は猪口って当て字が気に入ったので、ここではそう取り上げました。
お猪口で楽しむお酒のような外国の御菓子てイメージがして面白いと思いませんか(*'-')

ちなみに、ここは個人的なメモですので、かなり適当です^^;

海外のチョコレートなども、こっちが元祖だ、いやウチが元祖だといろいろあったりするので、その辺の記述もやはりおおざっぱです。


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